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牛伏川のフランス式

2017-9-12

   先日、牛伏川のフランス式階段工に行ってきたという話になった時の事。ダムに詳しい店長さんによると、かなり上流の奥の方まで工事されていて、今見えているのは一部分のみだけど、見えない部分にまで大がかりな砂防施設があるのだと聞いた。少し調べてみると、規模や歴史において国内有数の砂防施設である事を知りました。


  1709_france_01
  
 
   8月の良く晴れた日に、山少年と山へ向かった。下界は暑いので、車で一気に高所まで上って、そこから周辺を歩こうという計画だ。

  目的地に上り始める地点まで来ると、パトカーと警察管が数人いて、検問か?しかしそうではなかった。上でイベントがあり、この道は下り専用としている。ここからは上れないと告げられた。
  上るには一度降りて国道を回るのでかなり遠回り、それに上った所で高原は混んでいる事は明らか。混み合っている所は避けたい私。
  仕方ないので、方針を変更して牛伏川へと向かう。ここにはフランス式階段工があって、その辺を歩いてみようと。


  近年、今までにない集中豪雨とそれによる土砂災害がニュースとなり、自然の力の大きさと人間の非力さを思い知らされる。
  河川による災害は昔からあり、これを防ぐ為の砂防施設が全国に造られている。普段の暮らしでは意識される事は少ないかもしれないが、土砂の流出や斜面の崩壊を防ぐなど重要な役割を果している。そして国家的砂防事業の先駆けとなったのが、牛伏川の砂防施設群なのだそうだ。


  1709_france_02

   。  。  。


   牛伏川流域は、浸食されやすい地盤と急峻な地形により、氾濫による土砂災害が多い場所だった。
  かつては鬱蒼とした森林だった上流部の水源地帯は、戦国時代以降の乱伐により荒れて、大欠(おおがけ)という崩壊地となり、6本の杉の木を残すのみだったという。大雨の度に発生した土石流は、田畑や人々に甚大な被害を繰り返し与えたという記録が残っている。

   明治18年、土木局は信濃川治水事業に着手。新潟港の埋没は信濃川の水源地、牛伏川の荒廃にある(!)として、砂防工事を開始。5年間に渡って、中腹の緩い勾配に5つの堰堤を築造した。

   次に、最難関である上流部の工事へと進むが、大欠は急峻な崩壊地であり、命がけの工事となったそうだ。中でも地獄谷は落ちれば行方知れずとなるほどの陰惨な谷と表現されている。地元のみならず、富山や石川からの人夫も合わせて150名の作業者が従事して、100基以上の石積み堰堤、8350mに及ぶ水路の石張りが行われた。植えられた木は90万本に上るという。

  中上流部の工事が終わった後、まだ一号堰堤下部は急傾斜で流れが急であるという問題があった。そこで、フランスの階段工を参考にして、高さ1m程度の段差を19段有する石張りの水路を築造した。工事で使用された石の量は膨大であり、鉢伏山や諏訪から横峰に運び上げられ、横峰山頂から鉄索で地獄谷上部へ下ろされた。想像だが、ここで石は適切な大きさに切り出され、この場所が石切場と呼ばれているのではないだろうか。ここから先は人夫により現場に運ばれていった。

  以上、明治18年(1885年)の工事開始から30年以上をかけて、国家的砂防事業が完成したのだそうだ。
  <水の土木遺産 牛伏川階段工を参照

  
  ・1号堰堤とフランス式階段工の最上部
  1709_france_03

 
  山少年と二人で、階段工を横にして、これが100年前に造った水路かと感心しながらゆっくりと歩いていく。
  途中、軽トラで作業から戻ってきたかと思われる人に案内マップをもらった。松建小屋辺りの緩い水の流れには、カラスアゲハが何匹も水を呑んでいる場所があった。過去は荒廃していた流域が、水害を抑える事で自然が回復してきたのだという。
 
  この先は、沢に沿って登っていく。かなりの急坂だ。
 後から分かった事だが、ここが最難関の工事であった崩壊地の大欠、地獄谷だったと思う。過去資料には急斜面に、相当な幅の石積み堰堤が何段も映っている写真があった。実際に登っていて水の流れは見えども、そのような構造があるとは想像も出来なかったのだ。次に訪れた時には判別出来るだろうか。
  
  ここの森は緑が深い。 過去に木々もない場所だったとは思えないほどだ。


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  大欠を越えて林間をしばらく歩くと、小尾根に出る。そこからまもなく石切場へと到着。松本平を眺めながら、ここでお昼休みとした。帰路は尾根道から下って、牛伏寺へ出る。


  1709_france_07


  以上、長くなりましたが、牛伏川の自然は先人の大変な努力により取り戻されたのだと知る事が出来ました。そのような歴史を知ると、今ある自然に対する見方も変わってくるのかと思います。
 
  フランス式階段工は知っていたけれど、その奥に本当に凄いヤツが隠れていたのです。

 
   ではまた。



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